フロント 2010年4月10日

0410-01-01-02.jpg(2009年4月19日撮影)

樹齢300年 艶麗に装う

季節は巡り、春風と共に北信濃も春爛漫(らんまん)となってきた。人々の心を高揚させてくれる華やかな桜の美しさに思いをはせる。

特に艶麗(えんれい)な雰囲気が漂うしだれ桜の光彩と対峙(たいじ)するときは心が燃える。花の盛りを待って慌ただしく撮影に挑むが、その神髄をタイミングよく切り取れた満足感に浸ったことは少ない。満開時の色彩をできる限り情緒豊かに表現するため、朝夕の日が煌(きら)めく瞬時に情景を切り取るよう心掛けている。

掲載作品は、須坂市豊丘の山あいで地元の「守る会」の皆さんが丹精している樹齢約300年の「弁天さんのしだれ桜」(市指定文化財)。朝日が射し込む斜光で狙った。ピンク色の清楚(せいそ)な美しさが心に染みた。華々しく咲き誇り、あっという間に散り去る桜は感慨深く、その余情はいつまでも心に残る。

(写真と文・坂口清一)
((社)日本写真協会会員)

フロント 2010年4月3日

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異世代で踊る ロック真田節

花ならば〜花ならば〜
駒もいななく出陣の〜

真田十万石の城下町・松代の伝統文化として受け継がれてきた、武士の心意気を唄(うた)った民謡「真田節」。悠然とした曲調から一転、ロック風にアレンジしたリズムと、ダンスグループ「Mix Max(ミックスマックス)」の軽快な動きに乗って、紫紺の長袢天(ながばんてん)の背に描かれた鳳凰(ほうおう)が縦横無尽に駆け、羽ばたく。

メンバーは太鼓担当の小学生に、ダンスや裏方を担う高校生から50代まで計20人の異世代集団だ。「松代に暮らす人も、松代を訪れた観光客も、子どももお年寄りも一緒に楽しめる真田節を踊りたい」と昨年8月に発足。みんなで真田節への思いを語るうちに、情熱が追い風を呼んだ。地元でエレクトーンの指導をしている吉澤由香さんが曲のアレンジを、ダンスグループ「ナチュラルムーブメント3-2-1」の武井敏子さんが振り付けと指導を、ボランティアで引き受けてくれた。

初舞台は昨秋の「真田十万石まつり」。急きょキャンセル枠で出場が決まり、猛特訓。「ダンスの初心者ばかりで本当に踊れるのかな…」と不安でいっぱいになった。足がパンパンになるほどきつい練習を経て、戦場に挑む武士になりきった無我夢中の5分間。大きな拍手と観衆のどよめきが不安を吹き飛ばし、心地よい疲労感と充実感でいっぱいになった。

グループを支えてきたのは「今の自分にできることで何かの役に立ちたい」というボランティア精神。自然に役割分担ができ、大人は若者の力を借り、若者は大人の懐の深さに包まれ、悩みを抱えても自信を取り戻し、生き生きとした表情に変わっていく。「いろいろな世代とつながりができ、自分自身が成長できるのがうれしい」とメンバーは声をそろえる。

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4月8日(木)に開幕する「松代城春まつり」。満開の桜に彩られた二の丸特設ステージで11日(日)、さらにパワーアップしたステージを見せてくれることだろう。

(記事・三井百合子)
(写真・森山 広之)

フロント 2010年3月27日

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妥協を許さず狛犬を彫る

紙に下絵を描き、それを四角い石の3面に写す。その時作りたい狛犬の頭の大きさや足の太さに合わせた寸法を割り出すのが最初の難関だ。それから、まず機械でおおまかな四角い狛犬を作る「荒取り」、のみで削り出来上がりに近づけていく「荒削り」、細かい部分をのみで少しずつ形作っていく「むしり」と、気の遠くなるような緻密(ちみつ)な作業を続け、約2カ月で一対の狛犬(こまいぬ)が完成する

県内で狛犬を彫るのは数人だけ。その一人が檜山敬司(ひやまけいじ)さん(36)=上松。家業の石材店を継ぐため、高校卒業後、石材加工が盛んな愛知県岡崎市で修業を積んだ。世話になっていた親方の所は狛犬を得意とする彫刻石材店。そこでの経験を生かし、今は現場に出られない冬場に製作している。

子どものころ、おもちゃを分解しては組み立てられずに困っていたという檜山さん。決して手先が器用なわけではないが、「不器用な人間ほど、完成したときの喜びは大きいのかも」。

ひびが入りやすい口やしっぽなど、細かい作業の連続。ただ無心で腕を動かす。そうした末に完成する時は、えも言われぬ満足感に包まれる。

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古野神社(柳原)に奉納されている自作の狛犬と

犬に似た想像上の獣の像といわれる狛犬。神社の拝殿の前などに、向かい合わせに置いてある魔よけだ。中国製の安価な狛犬が出回る中、檜山さんの作る日本の伝統的な「顔」に魅了される人は少なくない。縁あって落ち着く先が決まった狛犬は、神社・寺院の入り口で、その役割を静かに全うしている。

たまに自分の作品を見に行くという檜山さん。神社などに出向くと、つい、狛犬に目が行ってしまう。「親方や兄弟子の作った狛犬はすぐ分かるんです。顔や作りの丁寧さを見ればね」

それに比べると、自分は「まだまだです」。しかし、自分の作った狛犬を見て「ピンときた」と喜んでくれる人がいる。その声を励みに、妥協を許さない親方の教えを受け継いだ檜山さんは「これからも丁寧な仕事をするだけ」と笑顔を見せる。

(記事・千野美紀)
(写真・森山広之)

フロント 2010年3月20日

0320-01-01.jpg  高山賢人君

愁いの音色 高校生二胡奏者

週末の夕方、勤め帰りのサラリーマンらでにぎわう南県町の居酒屋。その一角で、まだあどけなさが残る顔立ちの男子高校生が二胡を奏でる。その風貌とは相反して、愁(うれ)いが漂う音色に満席の客が酔いしれる

高山賢人(けんと)君(17)=篠ノ井。家族全員が音楽好きで、子どものころから姉にピアノを教わり、よく聞きに出掛けた。そんな環境で育った彼は11歳のとき、二胡と出合う。テレビから流れる独特の音色に引かれ、二胡を探しに姉と楽器店やリサイクルショップを回った

何とか格安の二胡を手に入れると、独学で毎日夜中まで練習した。チューニングの仕方も分からない手探りの状態。その苦労は小学生にとって並大抵でない。松やにを付けることも知らず、弦が切れても対処法が分からなかった。音を出すだけに数カ月かかった

見かねた母親が教材を買い与え、その後はCD の音やDVDを見ながら覚えた。ようやく曲を弾けるようになったが、今度は休日は朝から晩まで弾いていたため、近所から苦情が来たことも

中学生になり、知人からの依頼でミニコンサートや老人ホームなどで演奏するようになった。二胡の代表曲「賽馬(さいま)」。草原を走る馬の姿を見事に表現しているテンポの速い曲も、早くから弾きこなした。そんな彼のうわさは口コミで広がり、県外のホテルのディナーショーなどでライブ活動が増え、いろいろな場所に出掛けるようになった

八ケ岳の麓を拠点に活動しているシンガーソングライターの美咲さん(24)とも出会い、美咲さんの活動にもかかわってきた。4月10日にはホクト文化ホール(県民文化会館)で、2人のライブが開かれる

0320-01-02.jpg  美咲さんとのリハーサル(ホクト文化ホール)

最近では、高校の同級生やインターネットで知ったという同世代のファンも増えている。この4月からは本格的な演奏活動をするため、高校も通信制に替える

ポップス、ロックなども弾きこなす高山君は、伝統的な二胡の音も大切にしながら新たな道を切り開こうとしている。

(記事・竹下真澄)
(写真・森山広之)

LIVE予定
4月10日(土) ホクト文化ホール小ホール。「高山賢人×美咲Nagano Concert」。17時開場、18時開演 問合せ/松下080・3213・2940
4月17日(土) TOiGO広場。「第2回アイウィル春フェスタ ライブ」。11時〜11時30分 問合せ/NPO法人アイウィル事務局(電話)264・2070
毎月第1金曜日 南県町の豊蘭亭でLIVE。19〜21時 問合せ/豊蘭亭(電話)237・2046

フロント 2010年3月13日

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小学生が陶芸 無心でろくろ

「えーっ、本当に小学生が作ったの?」篠ノ井通明小6年生の安永美咲さん(12)の作品を見た人たちは皆、口をそろえる。素朴ながら手にしっくりなじむ美しい陶器の数々…。

美咲さんは1年生のときから篠ノ井有旅の陶芸教室に通い、3年生になってろくろを使った制作を始めた。陶芸の経験がある人なら、小学生がろくろを回すと聞いただけでも驚く。

土曜の午後、大人たちに交じって美咲さんは粘土を練り始める。菊の花の形に見えることから「菊練り」と呼ばれる作業だ。慣れと力が必要だが、手はスムーズに動き続ける。次は、練った粘土をろくろに移し、形の中心になる軸を出す「土殺し」と呼ばれる難しい作業。そして、いよいよろくろ成形。息を止めるほどの集中力が必要といわれる。美咲さんはひじをひざに固定し、体を安定させ、ためらうことなく湯飲みを作った。

どの作業も、言葉ではなく、五感でつかみ取る。美咲さんの集中力は心の安定感から生じているのかもしれない。制作中は何も考えていないという。無欲、無心だから、一連の作業が滞ることはない。迷いが生じると手は止まってしまう。

美咲さんは、作ることがただただうれしいと言う。うまくできた作品は、すぐ知り合いにプレゼントする。人が喜んでくれることが美咲さんの喜びなのだ。家の食卓にも美咲さんの器が並ぶ。指導する丸山奈留美さん(37)は、美咲さんが幼いころ描いた絵を見て才能を感じた。そして、粘り強さと素直な性格という素質も、ここまで伸びた理由の一つだと思っている。

もうすぐ小学校を卒業する。中学生になったらバスケットや茶道、英語、やってみたいことがたくさんある。でも、陶芸は続けたい。「ろくろは、しばらくやらないと、土がうまく上がっていかないし、左右のバランスが悪くなりますから」。どこまで両立できるか悩む美咲さん。その誠実さを大切に成長してほしい。

美咲さんの作品に対する丸山奈留美さんの評
美咲さんは、ろくろが薄く挽(ひ)けるので、器の形が美しく、組物をそろえて作ることができます。
そして、釉薬(ゆうやく)の作業は大胆で潔く、ためらいがありません。シンプルでバランスの良い美しい作品に仕上がっています。

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最近の作品 カップ&ソーサー、皿などの組物

(記事・石井圭子)
(写真・小原晴雄)

フロント 2010年3月6日

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 リメーク前       作品

母娘3代結ぶ和服リメーク

信州新町の下村千寿子さん(64)は19歳の時、長野市の洋服店に就職し、紳士服をはじめ、あらゆる洋服の仕立てに携わってきました。

1996年、たまたま和服のリメーク展を見にいった下村さんは、着物の染めや柄に、洋服にはないしなやかさ、温かさ、芸術的な色彩を感じ、和服のリメークを始めました。

2001年、結婚式場で使われなくなった白打ち掛けを手にし、白だけで濃淡のある美しさに引かれ、「着物を着ないでドレスに移っていく人が増えているなら、これをドレスに変えてみよう」と、純白のドレスに仕立てました。体形にフィットさせた美しいライン、織りの美しさを引き立てるためのシンプルなデザイン。長年培ってきた技術は、厚手の白打ち掛けも見事によみがえらせました。

展示会用に初めて作った白打ち掛けのウエディングドレスは、訪れた人たちを魅了し、その場で売れてしまいました。04年には再びデザインを変えて、白打ち掛けのウエディングドレスを製作。須坂の「世界の民俗人形博物館」で行われた「小池千枝デザインコンテスト」に出品し、須坂市長賞に輝きました。

このドレスへの挑戦以降、「思い出の振り袖を娘のためにドレスにしてほしい」という母親からの注文が増えました。下村さんは「母親がこの振り袖を着た娘時代に、これを選んだであろう、その親の思いも浮かぶ」と言います。思い出の着物のリメークには親子3代にわたる思いが込められているのです。

捨てる寸前だった着物にも命を吹き込む下村さんの技術は、娘さんを笑顔にするのはもちろん、その母親、さらにはおばあちゃんにまで幸せを届けています。

(記事・竹下真澄)

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下村千寿子さん
1945年七二会生まれ、信州新町在住。1983年アビリンピック洋裁の部金賞。2005年「レディブティック」リフォーム大賞準リフォーム大賞

フロント 2010年2月27日

0227-01-01-11.jpg 左から鹿島槍ヶ岳 五竜岳 八方尾根 白馬三山

朝焼けに染まる白銀の峰

冬の星座オリオンが、東南の空にシリウス(オオイヌ座)を従えてきらめいている。寒気の強い晴れた夜の翌朝は快晴になることが多い。日本列島が高気圧に覆われる日が、モルゲンロート(アルプスの朝焼け)に出合える好機だ。

鹿島槍、五竜、白馬三山など北アルプスのモルゲンロートは、複雑な気象条件がそろわなければ出現しない。白銀の峰々がピンク一色に染まる姿は絶景だが、幸運の女神はめったにほほ笑んではくれない。

天気予報を見定めて今冬は4回、小川村のアルプス展望広場に通った。朝4時、前夜見た星座は西の空に巡って来て、オリオンは逆さになって瞬いている。しばらくすると星の光が弱まり、アルプスの稜線(りょうせん)が浮かび上がってきた。5時を過ぎると白い峰々がはっきりしてくる。

振り向くと、反対側の山際が赤く染まり始め、菅平の右手には浅間の煙も見える。日の出が近づいてきた。アルプスの峰々も色づく気配だ。「今日こそ空も山もピンクに染まるぞ」と待ち構えたが、空は少し赤みを増しただけ。それでも陽光が峰々に当たると、山肌は赤く焼けるように輝く。これがモルゲンロートだ。

一瞬というか、わずかなチャンスしかなかった。朝焼けが消えると、白く険しい北アルプス北部の連山は神々が住むと思わせるような高貴な姿を見せていた。

(写真と文・宮本辰雄)

フロント 2010年2月20日

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全国制覇へ シュート!

長野運動公園体育館で1月23・24日に行われた「第21回全国選抜長野県ミニバスケットボール大会」決勝リーグ。全試合をダブルスコアに近い点差で快勝した「川中島籠球倶楽部」が、きびきびした動きと鍛え抜かれたプレーで3年連続5回目の全国大会出場を決めました。

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同倶楽部には、川中島、昭和、共和、下氷鉋の各小学校の全学年から児童34人が在籍。平日は希望者が、土・日曜は全員で練習しています。1日の練習時間は1時間半から2時間と短く、ほかのチームと比較してもとりわけハードな練習をしているわけではありません。

指導する和田良尊(よしたか)監督(44)は、地元の唯念寺の住職です。川中島地区はバスケットボールが盛んで実力もある地域。自分も川中島中学時代にバスケットボールの選手だった和田監督は、子どもたちに中学生になる前から経験させたいと、19年前に同倶楽部を立ち上げました。以来、監督として、地元に貢献したいという思いを貫いています。

img_4063.jpg チーム一丸となって活躍する選手たち
(1月23日 対臼田戦)

今のメンバーは「『優勝を狙おう』と言えるチーム」と和田監督。全国大会では過去3位入賞が最高。昨年は2回戦で優勝チームに当たり惜敗。その優勝チームより強いというのが今年のチーム。兄がやっていてミニバスに入ってきた子どもたちが主戦力。全国大会には6年生8人、5年生7人の計15人が出場します。

「小学生のことだから、やってみなければ分からない」けれど、全国制覇に向け「バスケットを楽しもう。期待に応えるというプレッシャーを重荷に感じるのではなく、プレッシャーを楽しんで試合に臨もう」と選手たちは練習に励んでいます。

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全国大会は3月28日(日)から30日(火)の3日間、東京・代々木体育館で行われます。川中島籠球倶楽部の健闘を祈ります。

(記事・岩崎弘枝)
(写真・森山広之)

フロント 2010年2月13日

0213-01-01.jpg  根本秀夫さん

闇を生きる大切な同行者

生まれたときから全盲の根本さんの世界は漆黒の闇。かすかな光もない。そこには音だけがあった。

根本秀夫さん、3月で満60歳になる。愛称は「ねもっちゃん」。職業はマッサージ指圧、鍼灸(しんきゅう)師。独立して「根本マッサージ・はり治療院」を吉田2丁目に開業して27年になる。仕事の傍ら、アコーディオニストとして長野合唱団での伴奏を35年近く続けているほか、各所で開かれる「うたう会」や「うたごえ喫茶・居酒屋」などで演奏する。

15年も前になるだろうか。その演奏に初めて接したときは驚いた。手を引かれて舞台に上がった根本さんは、10キロ以上もあるアコーディオンを自在に操り、歌声を盛り上げていた。県アコーディオン愛好会の糸賀民夫代表は根本さんを評して「セミプロとしても、かなりの実力」と言う。

佐久市に生まれた根本さんは、小学生になると盲学校がある長野市に一人移った。時間という概念さえ分からない幼い息子を手放さなければならなかった親の方がもっとつらかっただろうと、当時の親の心中を思いやる。

アコーディオンとの出合いは小学校時代。学校にあった1台を、夕方借りて朝返すことを繰り返した。基礎的なことは何も知らないまま、さまざまな曲を練習した。「自分にはアコーディオンが合っていたのだろう」と話す。「障害者であることを忘れたいというのではないが、考えたくなかった」という根本さんにとって、自分の感覚で自由に弾けるアコーディオンは、並外れた集中力や記憶力、聴力と共に生きていく上で大切な同行者となった。

団塊の世代が若いとき全盛だった「うたごえ」が再評価されている。見知らぬ人たちが歌を通して一体となる。現代人の抱える孤独や閉塞感を癒やす「うたごえ」では、さまざまな曲がリクエストされる。どんな曲でもコードが自分なりに思い浮かぶという根本さんに、演奏できない曲はない。

0213-01-02.jpg「ひと・ミュージアム」(川中島町今井)で第3土曜日に開かれている「うたごえ喫茶」

「目が見えないのにすごい」と誰もが言う。確かにすごい。でも、その賞賛が「全盲だから」としたら「ねもっちゃん」は不満のはずだ。生かし生かされている一人の人間としての生きざまを見てほしいと言う。不安なことは-と尋ねると、「なるようにしかならないよ」。精いっぱい生きている人にしか言えない言葉が返ってきた。

(記事・村松須美)
(写真・宮本辰雄)

フロント 2010年2月6日

0206-01-07.jpg  小布施松川から見た早春の飯縄山 118cm×80cm

春を待つ飯縄山の雪景色

須坂と小布施の境を流れ下り、千曲川に注ぐ松川。 その畔で、早春の遅雪で山容が美しさを増した飯縄山を描いた作品です。

南志賀から高山村を経て高丘をつくり、千曲川に注ぐ松川の両側には見事な赤松林があります。徳川幕府に無断で広島城を修理したとして武家諸法度に触れ、安芸広島から信州高井野に減封された福島正則公が、松川のはんらんを防ぐために植えたといわれる砂防林で、赤松は大木となって歴史を今に残しています。

山の雪、河原の明度、赤松の幹の赤と葉の緑の対比、山ひだの流れ、遠近感、画面構成、早春の空の気流の表現などを工夫して描きました。

自然環境に恵まれた長野県で美術教育に携わり、教職に就くこと50数年間。また、自己修業として20数年間、中央の一期会へ出品し続けています。

(作品と文・水野直)

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水野直(ただし)さんプロフィル
1929年、木曽福島町(現木曽町)生まれ。若槻団地在住。56年、信大教育学部美術科卒。県内の小中学校で美術教育に携わる。現在、長野日大高・中学で美術科非常勤講師、市成人学校水墨画講師、MOA児童画展(長野市)審査委員長、一期会美術会委員、信州美術会会員。日本美術教育学会会員。国内展覧会などで受賞多数。個展5回。86年、ヨーロッパ巡回展 ロンドンで「美術について」のスピーチ。現在、カンボジアの美術館で開催している展覧会で作品を展示中